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徳本峠から霞沢岳

アルバム

山城山名:北アルプス・徳本峠、霞沢岳(長野県)
期  日:2008年9月26日(金)〜27日(土)
参 加 者:CL宮田 SL木村 逸見、豊島(計4名)

行動記録:
9/25 熊谷市役所(21:00)=島々宿・旧安曇村役場(24:30)<テント泊>

 午後9時過ぎに熊谷を出て、途中食料を調達し現在は松本市役所安曇支所となった旧役場へ。ひどい雨だったが良い場所を見つけ、快適なテント泊。

9/26 旧安曇村役場(6:15)→小休止(7:25/7:30)→二俣(8:15/8:25)→小休止(9:35/9:45)→
小休止(10:30/10:35)→岩魚留小屋(11:15/昼食/11:50)→小休止(12:55/13:00)→
最後の水場(13:50/14:00)→徳本峠小屋(15:10)

<天候:雨、午後から風を伴う>

 昨晩からの雨が一時小やみになったが、出発時にはまた大降りになった。雨具をつけ傘をさして島々宿のメインストリートを抜け、島谷川沿いの林道を二俣に向かう。ツリフネソウや黄ツリフネソウが、雨のなか彩を見せてくれるが、こぶし大の蛙もヒョコヒョコ出てきて驚かされた。

 二俣からはいよいよ山道だ。悪路と分かってはいたが、次から次へと出てくる吊り橋や、丸太橋、階段は、コケが生えしかも雨にぬれているためつるつるすべり、一瞬の油断も許されない。飛騨高山の松倉城主・三木秀綱夫人と侍女達が信州へ落ち延びる途中、狐の化身と間違われ、杣人によって殺害されたという慰霊の碑があったが、こんな所で美しい婦人と杣人が突然出合った不運だったのだろうか。しかし、そんな事を考える余裕もないほど足元に気をつけ、ただひたすら歩いて岩魚留小屋に着き、ほっとする。お湯を沸かしてもらってコーヒーを飲む「おいしい!」。生きのびるとは、こんな時の言葉だろうか。

 だが、まだ先がある。黙々と歩くのみ。最後の水場で水を補給し、ジグザグの道を徳本峠へ目指す。風も強くなってきて、あとどのくらいかなと思った時ひょっこり峠へ出た。管理人さんは、私たちが逆の方向から来ると思い、穂高連峰の方を見て立っていた。

 小屋に入って、ぬれたものを着替え生き返る。ストーブが赤々と燃え暖かい。まずは、ビールで乾杯。今夜は、私達4人と愛知県から来たという単独者の5人。夕食は手作りの暖かいおかずと栗ご飯、おいしくいただく。この徳本峠小屋は、大正13年に建てられ、今でもランプの山小屋だ。

 夕食後も男性二人はチビリチビリと飲みながら、山談義に余念がない。私も絵葉書を書きながら、時々話しに割り込む。楽しい時間はあっという間に過ぎ8時半、あわてて寝床に潜り込む。夜中に目が覚めて外に出てみると、風もやみ、大粒の星が手に届くかのように輝いていた。

9/27
 徳本峠小屋(6:50)→ジャンクション・ピーク(7:50/8:00)→小休止(8:50/8:55)→
小休止(9:45/9:50)→K1ピーク(10:35/10:40)→K2ピーク(10:55/11:00)→
霞沢岳(11:20/11:40)→K1ピーク(12:05/昼食/12:40)→小休止(13:20/13:30)→
ジャンクション・ピーク(14:40/14:45)→徳本峠小屋(15:30/15:40)→徳本峠入り口(16:50/16:55)
→上高地(17:45)=島々宿=熊谷(23:15)

<天候:晴れ、午後くもり>

 「5時だよー、お茶」。宮田さんの声に起こされる。ずい分前、武尊の合宿で、同じように村越先生に起こされ、朝のお茶をいただいたことを思い出した。あわてて起き、熱いお茶をいただいて、小屋からちょっと登った展望台から、穂高連峰の日の出を見た。今日は、良い天気だ。登山道は昨日の雨でぬかっているが、雨具を着ないで歩けるのが嬉しい。

 スタジオ・ジャンクションを過ぎると、霜柱が5センチほど白い頭を持ち上げていた。アップダウンを何度も繰り返し、K1ピークへいやなガレ場を登る。穂高の眺めが素晴らしい。豊島さんがここで待つと言う。「エー、そんな、私はどうしよう」と思いながら、木村さんに続いて一歩を踏み出した。夢中で歩いて、やっと霞沢岳にたどり着けた。雲の上に悠然と立つ笠ヶ岳、穂高、焼岳、乗鞍岳、御嶽山、常念岳と360度の展望を楽しむ。K1ピークに戻り、熱々のコーヒーを飲み、楽しい昼食タイム。

 登りで苦労した、あの嫌なガレ場を、慎重に下る。ただただ歩き続けてジャンクション・ピークに着いて一休み。やっとここまで来た。徳本峠小屋でデポしておいた荷物を回収して、あともう一踏ん張りだ。だんだん口数が少なくなる。上高地に午後5時45分着。まったく良く歩けたと思う。

 島々宿から徳本峠へ、一度来てみたかったが、実現できるとは思っていなかった。昨年の穂高の大キレット越えに続き、今年も思いがけない至福を味わった。計画を立ててくださった宮田さん、同行してくださった皆さん、本当にありがとうございました。   (逸見記)