熊谷トレッキング同人 国内山行記録
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「雨と花と事件の白馬岳登山」


【個人山行記録】


山域山名:北アルプス・栂池高原〜白馬大池〜白馬岳〜猿倉〈長野県北安曇郡白馬村、小谷村〉
期  日:2013年7月27日(土)〜28日(日)
参 加 者:6人/CL K(以下、会員外)小2男子、40代女性、30代女性、20代男性2人
行  程:※―公共交通機関、…歩行、行動中の標高は手元の高度計のために目安として


【1日目・27日(土)】  晴れ→曇→行動開始以降は断続的に雨
東京6:24―〈長野新幹線〉―上野6:30―(※金子と息子/熊谷6:16−
〈JR高崎線〉−高崎6:55)―高崎7:15―長野8:05/3人だけ先発8:30―〈アルピコ交通・特急バス〉―栂池高原バス停9:50
※1人が山手線遅延につき、後続列車で追いかける→東京6:52−長野8:44〜
待っていた2人と合流し、3人で後発9:10−〈特急バス〉−栂池高原10:40
6人が合流/11:00―〈ゴンドラ〉−栂の森駅(17℃)…栂大門駅/ストック置き忘れに気付いて待機11:20〜12:00−〈ロープウェイ〉―
栂池自然園(1860m)12:15〜12:30…13:20(2080m)〜
13:35…天狗原先の雪田でアイゼン装着(2250m)14:15〜14:45…
雪田終了でアイゼン外す(2340m)15:15…
白馬乗鞍岳(2436m)15:30〜15:35…
白馬大池山荘(2380m)16:10→宿泊(夕食18:20、就寝20:00)
                       ※行動時間3時間40分/約5キロ


【2日目・28日(日)】 曇→雨→霧→雨→晴れ
起床3:30、朝食4:00、出発5:30…船越ノ頭(2612m)6:25〜
6:32…小蓮華岳(2769m)7:20〜7:35…三国境(2751m)8:15
〜8:30…白馬岳山頂(2932m/7℃)9:10〜9:20…
白馬山荘で昼食休憩9:30〜10:45…村営頂上小屋11:00…
小雪渓(避難小屋の下部)でアイゼン装着11:55〜12:15…
アイゼン外す12:35…大雪渓で再びアイゼン装着(2250m)13:15〜
13:30…大雪渓中間(1785m)14:25〜14:35…白馬尻小屋14:55
〜15:15…猿倉16:05―〈栂池経由組と八方直行組でタクシーに分乗〉―
八方・第一郷の湯17:00〜17:40…八方バス停17:50―〈特急バス〉―
長野19:00〜そば屋で打ち上げ会〜20:22―〈長野新幹線で帰京〉/金子と息子21:04―〈長野新幹線〉−高崎乗り換え−熊谷22:28―上野23:02 
※行動時間10時間35分/約12キロ 
  2日間計:行動時間14時間15分/約17キロ

 遭難事故の検証を読むと、小さなトラブルの積み重ねの末に起きている事例が多い。振り返ると「ヒヤリ・ハット」の一つに数えられる山行だったかもしれない。高校時代の夏山合宿の時期である「梅雨明け10日」を狙ったものの、全行動を通して雨具を脱ぐことはなく、細かな「事件」(やや大げさだが、「アクシデント」と読み替えた方が、ニュアンスとしては近い)が続発。山行翌日には大雪渓が豪雨で通行止め、中央アルプスでは韓国人パーティーが遭難した。とはいえ、咲き乱れる高山植物に目を奪われ、小学生を含む全員がほぼ順調に歩いたことから、ひとまず成功だったと言いたい。

 昨秋以来、金子が職場関係者を誘って「北アルプスを登ろう」を合言葉に奥多摩や谷川岳の個人山行を繰り返してきた。昨夏に別の職場関係者のオファーで富士山をガイドした後、純粋な山の魅力をもっと伝えたいと考えたからだ。その目標が今回だった。

山行前夜、「事件1」が起きる。メンバーの1人が仕事でキャンセルになった。1〜2人のドタキャンは歩留まりとして想定済みだったとはいえ、切符を手渡した後の夜9時になって発覚。払い戻し手数料が300円と安いJRの「えきねっと」で新幹線をおさえ、前日昼まで発券を待っていた(発券後は割引分が手数料になる)ので、夜にJR窓口にかけこんで、辛うじて1030円の負担で払い戻した。ただ、夫婦で参加する2人組の夫が不在に。妻はフルマラソン経験があるものの、山はビギナー同然で、他のメンバーとも食事会をした程度の間柄。出発前から嫌な予感が漂った。

 当日、不安は現実となる。「事件2」として、山手線が朝から人身事故で運転見合わせ。金子も都内の自宅を5時前に出て、山手線経由の高崎線で熊谷に滞在していた息子をピックアップする行程だったが、金子が降りた後に事故が起きたようだ。結局、目黒発の1人が予定の新幹線をタッチの差で逃した。彼は駅員にかけ合い、後発便に振り替えられた(割引切符の規約上は不可)ので、金銭的な損害はなかったが、長野駅発のバスを1本遅らせることになった。

 栂池の天気は晴れ。余計な荷物をロッカーに預け(これが後に尾を引く)、ゴンドラで高度を上げると山麓の景色が美しい。ただ、山側は曇っており白馬三山は望めない。ロープウェイに乗り継ごうとしたとき、「事件3」が発覚。金子が持ってきたストックが手元にない。ゴンドラの係員にふもとを探してもらうが、見つからない。バス会社に電話すると、「あります」。バスのトランクから降ろし忘れたか、降りた栂池で置き忘れたか。帰路に受け取ることにしたが、ビギナー用に準備したのに痛い凡ミスだった。

 2つのトラブルで少なくとも1時間はロスをした。軽アイゼンを栂池ヒュッテで借り、さあ出ようかという段階で、「事件4」。上空に黒い雲が広がったと思うと、たたきつけるような大雨が降り出した。「ゴロゴロッ」と雷鳴まで聞こえる。完全装備に切り替え、沢と化した山道を進む。セオリーは引き返すべきだが、栂池滞在になれば白馬岳は断念か、と迷う。降りてくる登山者に状況を聞くと、天狗原付近から降り出した、との情報。雲を抜ければ安全か……。1時間早く出ていれば、その時間だけでも雨を避けられたのかもしれない。歩き出しの1本が本降りの雨だったことは体に応えた。

 雷鳴は遠くで続くが、稲光は見えなかった。木道の天狗原に至ると視界が開け、雨も小康状態に。事前の情報通り、雪田が登場する。ただし、「事件5」。雪田は2段に分かれ、雪→岩と泥のミックス→雪というルートだ。ビギナーが慣れないアイゼンで滑る岩場を歩くことに肝を冷やした。また、冷たい風が吹くなか、ひとまず片方だけは全員のアイゼンを金子がつけなければならず、装着に手間取った。しかも、かかと側にストラップを回すべきだったのに、焦りからか正しい付け方ではなかった。歩く斜面は30度くらいの斜度があり、固定ロープもある。ステップは下山者が多く通った後とあって崩れかけ、4本歯ではスリップが多発した。なお、混乱を避けるためにアイゼンは翌日も大人は同じやり方だったが、大雪渓を降りてもびくともせず、結果的には問題にはならなかった。

 アイゼンを脱ぐと、再び強い雨が降り出す。雷鳴もやまない。白馬乗鞍岳の山頂付近は平坦なハイマツ帯で、回避できる場所はない。「事件6」としては、金子のゴアテックス雨具は10年ものだが、ズボンの撥水性が失われ、水が靴まで伝わっていた。トレッキング靴の中も完全に濡れ、冷えた体と20キロ超の荷物で、右足の指がつりかけていた。リーダーながら相当の疲労感だった。アルプスの稜線で風雨にさらされる危険を痛感した。ただ、息子は新品のモンベル・レイントレッカー(ジュニア用)&ジュニアスパッツでそろえたこともあって、防水はほぼ完全。失敗は手袋が軍手だったことだ。他のメンバーも、内部への濡れは最小限で済んでいたようだった。

 一方、白馬大池山荘の生活は、プラス要素の連続だった。「本日は1畳に2〜3人」という張り紙もあって相部屋を覚悟をしたが、カイコ棚式の4畳の部屋は、結果的に我々だけ。しかも雨が上がったので、金子と息子はテント場にツエルトを張った(元々想定してボールやペグ、シュラフを持参していた)ので、4畳に4人+2人用ツエルトに2人というスペースを確保できた。ストーブのある乾燥室もあり、濡れた装備を干すこともできた。食事は3回戦の順番だったが、焦らされることもなく、定番というカツカレーをいただく。子供用は甘口という配慮がうれしい。朝食はとりそぼろ弁当かパン弁当(菓子パン、ゼリー飲料、ソーセージ、ジュースなどのセット)を選択でき、子どもはパンに。そぼろ弁当もおいしかった。夜9時ごろ、うとうとして外に出ると、雲の切れ間に星が輝いている。翌日の好天を期待した。なお、ツエルトはICIの非ゴアタイプ。ペグは12本使用。フライシートはない。夜は結露で天井が下がってきて、たびたび起きてふく作業を強いられたが、寒さはなく、息子は快眠だったようだ。




 2日目の天気予報は「くもり/晴れ」だったが、朝からどんよりとした曇り空。4時半発の予定だったが、自炊室が4時からの使用開始で、ご来光が望めそうにないテンションの低さも手伝って、結局5時半の出発。しかも、歩き出し30分で雨が降り出し、すぐに完全装備に。雷鳥坂と名付けられた道に鳥の姿は見えなかった。

 主脈の稜線は終始ガスだった。ただ、登山道脇には高山植物があふれている。三国境を過ぎるとコマクサに出会った。白馬岳山頂も眺望ゼロ。7歳児はうれしそうに実家に電話を掛けていた。白馬山荘では、レストランのスカイプラザに入る。昼前で軽食メニューだけだったので、ラーメンをつくった。

 今回、大雪渓はクレバス多発のため下り利用の自粛呼びかけ中と聞いており、当初は同じ道をたどって栂池に下山する予定だった。だが、長い稜線と大池からの登り返し、雪の急斜面の下り、そして特に雷のリスクを考えた。山荘スタッフに聞くと、「今日も雷は危ない。大雪渓の方が距離は短いし、注意すれば大丈夫」との助言。大雪渓を降りる決断をした。さて、吉と出るか凶と出るか。

 頂上宿舎から大雪渓側に降りると、ガスが晴れてきた。遠くふもとの白馬の街並みが見える。ピークこそガスだったが、杓子岳の岩壁も迫ってくる。そして、文字通りのお花畑が広がる。高山の可憐な花が競って咲いている。大振りの花が美しいシナノキンバイが最盛期だった。

 避難小屋を過ぎると、小雪渓のトラバースが登場。100mもないが、安全を優先してアイゼンをはく。渡り終えたころ、再び強い雨が降ってくる。雨の雪渓は落石が怖い。いったんアイゼンを脱いで、滑りやすい急斜面を下り、そろそろ大雪渓というころ、「事件7」。「あっ」という声とともに息子が階段上の道ででんぐり返し。そして、あたまを木道にゴツン。帽子をかぶっていたので、何ともなかったが、さらにもう一段ぐらい転げ落ちら、重荷の自分が飛び込んで確保できただろうか。

 このため、大雪渓に入るときには、補助ロープとカラビナを使い、息子と簡易アンザイレンで降りることにした。手が覚えていたザイルワークが役立った。雪渓はベンガラに沿ってさえいけば、危ない場所はなかった。前半はやや斜度があったので、慣れない息子はつるつる転んでいたが、滑落するほどの斜度ではない。最後尾のメンバーに常に落石に注意を払うことをお願いして、どんどん下った。晴れ間も見えてきて、暑い。中間地点くらいからは大きなクレバスが口を開け、いったん山側にトラバースする場所もあった。白馬尻小屋の目前まで雪渓が続き、振り返るとクレバスだらけの雪渓が見えた。

 ここで「事件8」に気付く。栂池に荷物を置いてきたことを完全に忘れていた。猿倉からタクシーで回らないといけない。しかも、長野行きの最終バスは八方発なので、さらに八方に回らないといけない。温泉に入る時間をにらむとギリギリだ。

 10時間半の長い行程を終え、猿倉からタクシーに分乗。金子を含む1台は栂池へ、もう1台は白馬駅前でアイゼンを返し、八方に向かうことにした。ここで、「事件9」。八方組の運転手が親切心からか「アイゼンは返しておくよ」と言って、持っていってしまった。保証金が戻ってくることをメンバーによく周知していなかったことも一因だった。慌てて栂池組の運転手に連絡を取ってもらい、無事に回収。仮にタクシーの運転手が返したとき、戻ってきた1800円をどうするつもりだったのだろう。ただ、運転手に悪意があったわけではなく、まったくシステムを理解していなかったようだった。とはいえ、それでも猿倉に出入りする運転手なのか、と思ってしまった。

 温泉にさっと入ってバスに乗り、長野駅へ。ネットから新幹線を遅い便に予約し直し、駅前の戸隠そば屋に入った。ビールとそばで打ち上げをして、さあ帰ろうにというとき、極め付けの「事件10」。土産物屋に寄った後、金子と息子はコンコースに荷物をデポしていたので、先に改札前で待った。メンバー1人が衣類を入れた紙袋も置いてあった。だが、発車時刻が近づいても誰も来ない。このとき、そのメンバーは金子の携帯に電話していたようだが、なぜか一時的に電波が入っていなかった。電話がつながったときに「我々全員は別の改札から入り、もう車内です」。慌ててホームに走ったが、「ドアが閉まっている〜!」という息子の声。せっかく熊谷に止まる最後の新幹線だったのに…。後続の新幹線をつかまえ、高崎経由で帰路についた。

都心の自宅に着くと、どっと疲れが出た。ザックのウエストベルトを締めていた腰骨は赤く腫れ、ふくらはぎの筋肉痛は5日間くらい消えなかった。鍛え直す必要を痛感した。