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インドヒマラヤ・チャンドラタール

アルバム 

日程:2015年9月16日(水)~9月25日(金)
参加者:L福田、井上


 概略     福田和宏

 5年ぶりにインドに行ってきました。村越先生のケルンに詣でるのは、7年ぶりになます。チャンドラタールの美しさは、以前のままでした。自然ではなく私たちの手によてつくられたケルンは、この7年の時の流れの中で風化しつつありましたが、チャンドタールを見おろす丘の上にその痕跡をしっかりと残してくれていました。形ある物はいかは消えて無くなるのがさだめなのかもしれません。いつの日か自然に戻るときがくるでしょうが、末永く有り続けて欲しい。そう強く願ってこれからもこの地に立ち続けたそう思っています。

 今回は、井上くんがつきあってくれました。7年前は金子くんと共に新聞記事を持っケルンを訪れました。村越先生がお亡くなりになったのが2002年の2月。その年のに、たくさんの仲間たちでこの地に遺骨を埋葬しケルンを築きました。あれから13年迎えます。63歳で先立ってしまった先生は、今76歳です。もっと、一緒に山に登っり、山スキーをしたり、海外旅行に出かけたり、お酒をいっぱい飲みたかったな。

 この地に立つと、心が洗われる思いがします。この地に立つまでの道程の中で、たくんの懐かしい人たちに出会います。これからもたくさんの方々と共に訪れ続け、仲間のをさらに深められたらうれしいなっ。

 また来年、必ず来ます。お酒とビールとピースを持って。そう約束してケルンを後にました。チャンドラタールを囲む山々には今年の新雪が降り積もっていました。



 行動記録

9/16(水) 記録:福田
6:00 長野発
9:30 成田空港第2ビル着
10:00 福田・井上合流
12:30 成田離陸
17:30 Delhi着
18:30 迎えの車に乗る
19:30 Sanjay-san宅着 Dinner
23:00 就寝

無事、10:00に成田空港で合流。保険加入・両替を済ませて出国審査へ。
出国後、免税店でウォッカとジンとタバコ(Peace)を仕入れて登場ゲートへ。
On timeで搭乗案内、離陸。

機内では、飲み物、昼食、軽い夕食をサービスされ、満腹状態でDelhi着。
On timeでDelhi到着。荷物を受け取り、両替。

Mahesh-sanとRajev-sanと合流。Rajev-sanの車でSanjay-san宅へ。
19:30Sanajay-san宅に着き、Bobby-sanの出迎えを受ける。味噌汁(Miso soupe)と、パスタ、King Fisher、Pepsiで乾杯。心づくしの夕食をいただき、日本からのお土産を渡す(Made in Japan)。

思い出話に花を咲かせつつ、夕食をいただく。かつてのShaurya-sanの勉強部屋を借りて就寝準備。明日の予定を確認し、荷物整理、シャワーを浴び、すっきりとして今晩の締めくくり。
日本時間より-3時間半、長い一日が終了。



9/17(木) 記録:井上
6:00 起床
8:00 Siri Fort Sports Complexへ
10:30 朝食兼昼食
13:00 Dilli Haatへショッピング
15:00 Bobby-san来られる
16:15 Sanjay-san宅発
17:15 バス乗り場(Majnu Ka Tilla)
18:45 バス発
22:00 Chandigarh手前で休憩
26:00 休憩、場所不明

6:00起床。家が隣接しているためか、室内はまだ暗い。Lalit-sanのコールがあるまで室内で荷物の整理。
8:00前、Bobby-sanがお迎えに来る。そのままSiri Fort Sports Complexへ。バドミントンで軽く汗を流したのち、施設内を案内していただく。一部の富裕層向けの施設で、彼らはこのように仕事前に汗を流すのを日課としているようだ。事実、ここに来たときはたくさんの車が停まっていたが、出るころ(9:30頃)には車が少なくなっていた。

朝食兼昼食は、chowmen風味のラーメン、中華風のカレー、同じく中華風の野菜炒め。意外とおいしい。11:30にBobby-sanとお別れ。

部屋でくつろいでいると、Rajev-sanがお迎え。Dilli Haatにショッピング。ここは日本で言うフリーマーケットのような場所で、出店料は4000Rsとのこと。決して安くないので、どの店も客引きがすごい。井上はカシミヤ4枚購入。

15:00 Bobyy-sanが再度来られ、フルーツのおやつ。

16:15にRajev-sanの運転でSanjay-san宅を出る。バス乗り場まで約1時間。バス乗り場は、ISBT近くでMajnu Ka Tillaという場所らしい。

バスに無事に乗車できたものの、まったく出る気配なし。何度も売り子がバスに入ってきてちょっとしつこい。Rajev-sanとLalit-sanはバスが出るまで待ってた。待っていてもらって申し訳ない。
あとはひたすらバスの旅。途中、何回か休憩を挟んで夜の闇に入っていった。



9/18(金) 記録:福田
6:00 ドライブインで休憩
9:00 Bhuntar空港脇通貨
10:30 Manaliのバスターミナル到着。Andu-sanの出迎え
11:00 Ashram着。Sampel-san、淳子さん、Gyartzen-sanの出迎え
14:00 バザールへ出発
16:00 Andu-san宅でLiguzin-san家族にご挨拶
18:00 Ashram着。
19:00 夕食
21:00 就寝

深夜の夜行バスはそれなりに快適であった。真夜中のドライブインでの休憩時、私はバスが停まったこと自体気が付かなかった。

マナリのバスターミナルは、バザールより下1km。Andu-sanが3時間も待ってくれていたとのこと。恐縮である。Delhiをバスで出発するさいも、Rajev-sanとLalit-sanがバスの出発を見届けるまで一緒にいてくれた。恐縮しぱなっしである。安全・安心・快適に旅ができるのも、みな、インドの仲間たちのおかげである。

Ligzuin-san宅ではみなさんの歓迎を受けた。Liguzin-sanも大変お元気な様子。ストックを使わずにしっかりと歩いて部屋まで案内してくれた。Liguzin-sanの奥さん(Sampel-san、Andu-sanのお母さん)、Andu-sanの奥さん、二人のお子さん(Angmo-san(11)、Rinchen-san(11))、それに加えて、Sampel-sanの二人のお子さん(Angmo-san(8)[Andu-sanの娘さんと同じ名前。日本語表記は"杏萌"]、Taishi-san(5)[日本語表記は"太志"])も上手な日本語を話しながら登場。これには驚かされた。8歳で日本語と英語とヒンディー語を使い分けている。日本語しか話せない地震が恥ずかしく思えた。

帰り道、以前、一緒にチャンドラタルを訪れたPadam-san(Bara Sonam-sanの息子:Sonam-sanはすでに亡くなられたとのこと)のお店に顔を出す。5年振りに訪れたにも関わらず、憶えていてくれた。しきりに中に入れとのことであったが、Ashramに帰らねばならず、次回寄ると約束する。

夕食後、Sample-sanと淳子さんを交えてGyartzen-sanの心づくしの料理、ビールも進んで上機嫌で部屋に戻り、就寝。村越先生がこの場にいらっしゃらないことが残念でならない。



9/19(土)
記録:井上
6:00 起床
7:00 Chai
7:30 朝食
8:30 Ashram発
9:30 Marhi村でchai
10:30 Rohtang pass
12:45 Chhatru
13:15 テント場
18:00 夕食

Gyartzen-sanの"チャーイ"の声で部屋を出る。懐かしい声だ。天気は曇り。時たま青空が見える程度。朝食はチャパティとサラダ、ウィンナー。おいしい。

朝食中、Andu-sanとガイドのPrakash-san、コックのBinod-sanが迎えに来る。

8:30 Ashram発。道は順調。途中でPoliceの検問が何か所があった。ドライバーのManohar-sanがしきりに許可証のようなものを見せている。後で知ったことであるが、環境保護のためか、一日に通過できる台数を制限しているらしい。

Marhi村でChai time。オフシーズンなのか、客はまばら。ちょっと活気がない。Rohtang passまでも順調。峠で写真撮影。

Gramphuへの下りの途中で道崩れがあったらしい。渋滞があったが、難なく修復。インド人はすごい。この辺りから雨が降り始める。Dry areaだと思っていたが、期待を裏切られてしまった。

本格的なbumpy roadに入る。車が跳ねるが我々は爆睡。途中、子供達を乗せたジープとすれ違ったが、女の子が窓から嘔吐していた。インド人もこの道は辛いのだろうか。

Chhatruでの昼食は、Fuji…ではなく、おにぎり。淳子さん特製である。唐揚げもいただいた。(欧米人が我々のおにぎりを見て"Fuji"と言っていたので、どうやら"おにぎり"="Fuji"らしい)。

Chhatruからテント場までは30分。雨が強くなり、小降りになるまで車中で待機。埒が明かないので、スタッフはテント設営開始。雨の中、ありがたい。
テント設営後、休憩。それにしても寒い。

18:00夕食、完食。コックの腕がいいのだろう。おいしかった。



9/20(日) 記録:福田
6:30 モーニングチャイ
7:00 朝食
8:00 出発
8:30 Chhota dara(3760m)
9:30 Batal
9:50 分岐(クンザンへの)
10:20 村越先生遺影の地
10:40 チャンドラタル parking
11:10 チャンドラタル 第一ケルン
11:50 チャンドラタル 第二ケルン
12:25 湖のほとり
12:50 チャンドラタル出発
13:30 分岐(Kunzum passへの)
13:45 Batal(昼食)
15:20 Chhota dara
15:50 テント場
18:15 夕食 キッチンテントでスタッフ全員と

本日はいよいよメインのチャンドラタルへ。心がけがよかったのか、外は雨・・・。
Binod-sanの昨夜の夕食をおいしく適量いただいたので、二人とも体調は万全。
この雨の中ではManohar-sanの運転もさぞかし注意を必要とするだろう。

出発するころには、小雨となりラッキーであった。Batalに到着するころには陽もさしてくる。茶屋のおばちゃんとおじちゃんは健在。宮田君から預かっていた写真をプレゼントしたら嬉しそうに見入っていた。

遺影の地で、井上君、Prakash-san、それぞれ村越先生のポーズを決める。私用の遺影の写真も今日の写真で更新されることだろう。

チャンドラタルの丘の上、ケルンは基礎がしっかりしていていたおかげで健在。ただし、上部、中部は崩壊していた。Prakash-sanがケルンの中の石を掻き出すと、なんと線香の燃え残りがでてきた一同驚き。ビール、日本酒、たばことコインを新しいお線香と共にお供えして三人で久しぶりに先生に会いに来たことを報告。その後三人で一生懸命修復作業をした。今後20年は丘の上に立ち続けていることであろう。村越先生のケルンの隣には金子くんのおじいさんおケルンもきちんと残っていた。

丘をやや下って、第二ケルンへ登る。こちらは建立当時のままの姿で残っていた。Mulkilaは見えなかったが、チャンドラタルが美しかった。昨夜の雨は4500mラインで新雪となっていた。

短い日程で最低限の10日でチャンドラタルなで到達できたことはインドの仲間達に感謝感謝である。二人とも「また来ます」と約束をし、ケルンを後にした。チャンドラタル、ケルン巡りの折は晴れ間も覗いていた。村越先生もさぞ喜んでくれたことと思う。

なお、森田先生が設置してくれたマニ石はチャンドラタルのほとりに逆さまになってはめこまれていた。Prakash-sanが上下を逆にしてくれた。村越の文字がきちんと刻まれていた。


9/21(月) 記録:井上
6:30 チャイ
7:00 朝食
8:40 テント場発
9:00 Chhatru
9:20 Chhatru発
10:20 Gramphu
10:50 Rhotang pass
11:30 Marhi着 昼食
12:00 Marhi発
13:00 Ashram着
19:00 夕食
22:00 就寝

朝、最終日にしてやっと晴れ間がのぞく。が、つかの間でガスに巻かれる。
朝食はキッチンテントの前でスタッフと共に。山の中でこれだけの食事をいただき、感謝。

記念撮影をスタッフとともに撮り、テント場発。道は昨日のチャンドラタル行きよりも悪くない。車が適度に跳ねるのでなぜか気持ちよい。

道中、難なくRohtang passを通過。山々は昨日の雨の影響だろうか、雪がまた降った様子。
Rohotan-passのすぐ下の滝見スポットではたくさんのインド人が居た。みなスキーウェアを着ており、一見して地元の人でないことはすぐにわかる。

Marhi村で昼食。相変わらず人が少なく、寂しい。いつものHimalaya Dhabaへ。
途中で道路工事につかまるも、13:00にAshramへ。Binod-san、Prakash-sanにAshramまで荷物を運んでもらう。本当に3日間ありがとうございました。

Ahsram到着後、自由時間に。井上は洗濯と両替へ。

Sharamを出るときに、過去、熊トレ隊のコックをやられていたLatan-sanが来られて、福田さんと懐かしい話に花を咲かせたようだ。

井上は街へ両替に。どうやら政府のBankはもう両替はしないとのことなので、民間のBankへ。T/Cはいろいろと申請が大変なようで、あまりBank側も受け取りたがらない様子。T/C=62Rs/1$、Cash=65Rs/1$。夜は淳子さん、Sampel-san、我々二人で談笑。Sampel-sanと福田さん二人のKing Fisherのビン6本と、500ml缶2本を空けていた。それにしてもインドの友人たちと、この礎を築いてくれた村越先生に感謝です。いつでも酒のネタになる村越先生は偉大でした。



9/22(火) 記録:福田
7:00 モーニングチャイ
8:00 朝食
11:30 Ashram発
12:00 チョップスティックで昼食会
14:00 Ashram着
16:00 Ashram発
16:30 バスOn time
18:40 Bhuntar
21:50 スンダ・ナガル(スペル不明)

雨音で目が覚める。昨夜は少々飲みすぎ、反省。Gyartzen-sanがチャイを持ってきてくれ、2Fのテラスで二人でTea time。雨のマナリの森もしっとりとしていて、いいものだ。

朝食はしっかり残さず食べる。おいしい食事をつくってくれるGyartzen-sanに感謝。昨夜、せっかくのごちそうを平らげられなかったことをお詫びする。

日本を出発し、一週間。村越先生のケルンにお参りする目的を達成。二人とも実に健康。インドの仲間たちのおもてなしに感謝です。

雨の中、昼食会に向けてチョップスティックに出発。オートリクシャーを捕まえてバザールまで送ってもらう。
チョップスティックでは6人でランチタイム。(Namac-san、Andu-san、Prakash-san、Binod-san、井上君、福田)

Andu-sanが声掛けをしてくれて、私が30年前初めてトレッキングをした時のガイドさんであるNamac-sanも顔を出してくれた。今は、登山学校の校長先生とのこと。30年の時間がいっきにさかのぼる思いであった。Namac-sanは今月でリタイアするそうで、次期校長はなんとNegi-sanとのこと。今は山に入っていて、顔を出せないとの由であるが、あっという間に時間が過ぎていったのだなと感慨深い。

秋も深まり、冬が近づいているManaliにたくさんの思い出を刻んで後にする。
一路Delhiに向けて、皆の見送りを受けて出発した。



9/23(水) 記録:井上
7:30 Majnu Ka Tilla
8:10 Sanjay-san宅着
9:30 朝食
11:00 Rajev-sanお迎え
11:30 Central Cottage
13:00 マクドナルドで昼食
15:15 Sanjay-san宅に向けて出発
16:30 Sanjay-san宅着。チャイ
18:00 Bobby-sanが来られる
19:45 Mugal Mahalレストランで夕食(with Boddy-san、Anuj-san)

Manaliからの道中は雨or晴れですっきりしない天気。Delhiに近づくにつれ、皆、目を覚ましていく。バスは休みを取る様子もなく、結局、7:30にDelhiに着くまでNon-stopであった。

バスは荷物の輸送も兼ねているようで、大量のリンゴが積んであった。我々もSanjay-san's staffのためにManali Ashramのリンゴを積んでいたが、途中で降ろされないかヒヤヒヤしていた。

7:30 Majnu Ka Tillaという、Manali行きのバスに乗った場所に着いた。Mahesh-sanがバスに乗って合図してくれたおかげで、ここが下りる場所だとわかった。どうやら6:00から待っていてくれたらしい。Thanks.

11:00 Rajev-sanにピックアップされて、Central Cottageへ。ここは正規価格なので安心してShoppingができる。

付近のマクドナルドで昼食…というか休憩。守衛はいなくなったらしい。どうもIndiaに来ているのか錯覚してしまう。

15:00までフリータイム。井上はCentral Cottage付近の土産屋でTaj MahalのTea packを購入。Delhi emporiumでも茶葉を購入。

Bobby-sanが仕事を終えて18:00過ぎにきた。Anuj-sanを拾ってMugal Mahalというレストランへ。バターチキン、サグ・パニール、ダルカレーとナンで夕食をとる。Sanjay-sanから友人たちの輪が広がって、Indiaとは切っても切れない関係になった。



9/24(木) 記録:福田
6:00 モーニングチャイ
7:00 フルーツBreakfast
8:00 Green Park周辺の散策 with Mahesh-san。高台(Hauz Khas)から湖を見下ろす。バドミントン、ハムスター、ウサギ、鹿、モンキーなどを飼育、クッターもいっぱい
9:30 朝食 3Fのレンタルルームの青年と一緒に
10:30 Ahluwalia-san出現。30年来の思い出話
13:00 3Fにて昼食。お別れ会。
15:30 All staffの見送りでSanjay-san宅を後にする。
16:30 IGI Airport Terminal 3到着
19:35 Departure on time

いよいよ最終日。あっという間だった。10日間、充実した時間だった。今日、Sanjay-san宅の昔のShaurya-sanの部屋にこもって今回の旅を振り返っている。実に飲んだ。

この3年半に亘ってうつ病に悩まされてきた日々。5年振りにインドを訪れたくさんの友人に再会し、すっかり自分を取り戻せた思いである。

悩ましい過去がすっかり洗い出されたように思う。また来きた。いや。私たち熊谷のグループを待っていてくれる人たちが居る以上、こなければならない。村越先生も喜んでくれているに違いない。最後に今後のために今回の旅に応援してくれた方々のお名前を敬称で記しておく。アルファベットはほぼ正確に記す。





[]はメモ
()は話題だけ

・Delhi
Sanjay house:
MAHESH
RAJEV
LALIT

Sanjayの同窓生、旧友[年齢51歳]:
BOBBY
ANUJ
HASH

Sanjayの父[車で来訪、車中で会談]:
SATISH

カニシカのフロント:
AHLUWALIA
(DHYAN SINGH)[2014病死]

・Manali
Ashram:
SAMPEL
淳子
ANGMO[8歳でSAMPELの娘、日本語名は杏萌]
TAISHI[5歳でSAMPLEの息子、日本語名は太志]
GYARTZEN[Ashramのコック]
ANDU
ANDUの妻
LIGUZIN
LIGUZINの妻
ANGMO[11歳で、ANDUの娘]
RINCHEN[11歳で、ANDUの息子]
Mr. Mumbai Airport Officer[ANDUのいとこ]

Trekking:
PRAKASH[ガイド]
BINOD[コック]
MANOHAR[ドライバー]
NAMAC[1985年、ハムタパス越えのガイドで現登山学校校長。9月退職。NEGIと交代]
LATAN[ケルン積み上げ時のコック]
PADAM[25歳。発のチャンドラタルトレッキングで、BALA SONAM[父]に連れられて歩いた少年]と妻
WANG CHOK[昔のAshramのコックの娘と結婚]と姉
(NEGI)[ガイドでこの10月より登山学校の校長。現教頭。今回は山中]
HIMALAYA STOREのおやじ
酒屋のおやじ
チョップスティックの兄ちゃん、

・JAPAN
熊谷
SHARMA[タンドリーキッチンのオーナー]
LINK[タンドリーキッチンのオーナーのボーイ]
熊トレ会員
壮行会開催出席の方々、
村越先生の奥様、
息子さんの亘くん
森田先生

つくし野
SANJAY
RUBBY[奥様]
SHREY[息子]
SHAURYA[息子]
コヒノールのスタッフA,B,C


備忘録
Narita空港での両替は1$=122円程度。
IGI Airportでの両替はCash=62Rs/1$程度。空港内の両替は町中よりもレートが悪い様子。
Andu-san宅は、青い門から入る。
淳子さん、Angmo-san、Taishi-sanは、学校が休みになる12月中旬から日本に来ることが多い様子。
Sampel-sanのメールアドレス:tsample36@gmail.com
淳子さんのメールアドレス:47jamari@gmail.com