ザンスカール − 8月の花 −

児玉浩子

ほこりだらけのノートより

9日 レーをジープで出発する。空港を過ぎ、小さな流れを一つ越えると、富良野のラベンダー畑(*1)を連想させる景色が広がる。

すぐ再び植物のない世界へ。チャンタン川とザンスカール川が出会う所。ニム村を過ぎると、今まで見てきた中で最大のチョルテンがある。土で作ったまんまの素朴なものだ。バスゴー村のバスゴー・ゴンパの入口らしい。

剣岳のとんがりが連続する。正反対の穏やかな丘も現れる。

200M位の直線道路を突走った後、急カーブの山道へ。ここのガードレールは石積み造り。山道に似つかわしい。

レキュル村にレキュル・ゴンパ。サスポール村ではりんごとアプリコットの実が豊かに実っていた。

前に遅いトラックが数台。“どけどけクラクション”の合唱が始まる。アルチ・ゴンパの道標。川べりの段々畑。ここにあるのはレーズン・ゴンパ。ヒメス村、とっても小さな村だ。

ムルラ村を過ぎて流れるこの川は、パキスタンから来ているそうだ。

生まれて初めて、クラゲ雲を見た。できかけの雲?今雨を降らしている説有り。そうしてジープは“月世界”へ。何故ここだけ?

月世界の隣は、ローンゴンパ、ラマユルゴンパ。突然ジープをたたくのは、アイス・レイン!!道路を白くうめ始めるほどだ。

フォト峠の下りにかかる。カーブの所に一人の男の子。互いに手を振る。次のカーブでも、次のカーブでも‥‥‥‥本当に見えなくなるまで手を振っていてくれた。

嘴、羽尾の先が白いカラスのような鳥が、紫のフウロ草(*2)を呼んだ。ワタスゲを一まわり小さくした白い頭の群が風に揺れている(*3)。それでも山はコールタールを垂らしたような黒い岩肌を見せつける。

カルボ村。風の力で回すてこ車だ。ダッセイスィフェイ村。カールン村。小学生が自転車の車輪のようなものを棒を使って転がしながら歩いていた。キケマンらしい黄色い花(*4)の際だつ草むらで、日を浴びて毛糸を紡いでいるお爺さん。

ムルベク峠を下る。再び小さなワタスゲ(*3)が風に揺れている。

この峠で出会った小学生の男の子たちは、ウルドゥ語を話す。英語も学んでいる。ほこりだらけ(このほこりは我々のジープのもかぶっているかも)の使い古した背負いかばんの中のノートを見せてくれた。一つひとつの文字が丁寧だ。

マルベック通りの先の畑では、麦の取り入れ後の畑に残った藁を、丁寧に拾い集めている。ポーカル川の泥の色をした水が、チャズ川と出会って青濁に変わる。ダルゲットマンスチュア村の畑でも藁の残りのわずかさえ袋に納める少女らがいた。

いくつもの橋を見やった後、突然まっ平らな土地の真中へ出た。“平ら”ということがやけに新鮮だ。カルギルのテレビステーションとラジオステーションを左に見て、今夜の宿に着く。夕日を背に受け稜線に一本の光の筋を描いたソートマナチャ山。その麓からカルギルの町ははじまる。村・川・橋・山の名前を教えてくれた運転手さんにさようなら。ありがとう。

10日 今日もジープの一日。

ビンジ村から今回最初の雪山、パルーナ山が顔を見せる。ジープの我々に手を振ってくれる子らに、「コルバチェー!!」「チベー!!」と真似して返す。

パスポートチェックの後、じゃがいも畑を発見。ヌンを見た先で、黄色ヘビイチゴ(*5)、バイオレットベル(*6)、地をはうヒルガオ(*7)、紫の花(*8)、小さいピンクの花(*9)に出会う。

高さを上げながら、ほこりと炎天下の中をひたすら走る。岩陰についにブルーポピー(*10)を見る。やぁ、今年も会えたね。

‥‥‥今日は、記録も記憶も厳しい。栗原さんの手作りマスクに感謝。捨てるのが惜しい位に汚れた。よくもまあ、これを口にすることが出来るものだと、感心する程。インドに来ると、‥‥‥‥否、山に来ると、本当に大切なことが見えてくるような気がする。

11日 テントサイトには、タンポポの仲間(*11)、ピンクのナデシコのミニ(*12)、エーデルワイスのミニ(*13)が咲いていた。

‥‥‥‥さあ、夢のザンスカール・トレッキングが始まりだ。

乾燥しきった山の斜面に咲く花あり、明確に記憶しているのは、バラ(*14)。ピンクの花は終わり際。バラは大木ばかりだ。花は全くないが、ガレ場に根を張る葉のイメージがコマクサを思わせた(*15)。

流れのある脇には、ヤナギラン(*16)が見事にピンクのお花畑を作っていた。最後に橋を渡り終えたところがテントサイト。紫色のフウロソウ(*2)が迎えてくれた。

12日 植物に関する記憶が甦らない。対岸に出てくる村の麦畑の緑は美しかった。草で作った現役の橋と、テントサイトでの夜中、流れ星が降っていたのが印象的。

マーモットに会ったのはこの日だったろうか。5匹くらいはいた。コロコロしている身体に比べて顔は小さめ、しっぽは太くて立派だったと思う。岩の上に出て来たり、草原を走ったり。彼らの巣らしい穴も土の中に幾つもあけられていた。

13日 お昼をとったせせらぎは、エーデルワイス(*17)、黄のシオガマ(*18)、リンドウ(*19)、白の小花(*20)のお花畑。

ヤール村の民家と民家の間を通り過ぎる。「こんにちわ」と尋ねてみたい気持ちにかられるが時間がない。民家を離れると麦畑の間の小径を向こうからやってくるおばあさん(?)あり。例の耳かくしが上を向いた帽子をかぶり、全身をモノトーンで決めている。その日焼けした顔に刻まれたしわの、その余りの深さに声もなく、相手の笑顔に惹かれ手を出した。触れたその手の硬さよ。この女性の、いやザンスカールの人々の人生を感じてしまった。

エンジのシオガマ(*21)を隣人に持つ麦畑を越えると、リグジンさんのマナリの家の近所の人が待っていて、お茶を振る舞ってくれる。何気なく座った所は、針のむしろ、ではなく刺を持つ草(*22)。これでは羊も食べることは出来ないね。植物の智恵って、素晴らしい。

キャンプサイトも間近、マニ石が積み重ねてある塚が川筋の道の両側に出てくる。刺の草(花は咲いていない)と、ピンクの大き目の花(*23)が地面に張りついて咲いている。去年のセントラルラホールでは見なかった花だ。

14日 目の前の流れで、変色しかかっている帽子を洗う。本流に沿ってすの子のような細い流れがある。‥‥‥‥インドの魚を初めて見た。3CMくらいの雑魚。この激流にいつか挑んで行くのだろうね。

カルギャ村の雑貨兼茶店でマンゴージュースを飲む。表に出ると、リンドウの紫が鮮やか(*24)(*25)。シオガマは黄色だったか(*18)。

岩の登り下りはまるでブルーポピーとのかくれんぼ。岩陰から次々に顔を出してくれる。

最後の休憩は河原。去年のこの場面にはタデが一面をピンクにしていたが、今年は背の低いヤナギランの群生がみごと。

15日 テントサイトを一登りすると。お花畑が広がった。エーデルワイス、ヒナザクラのような白のプリムラ(*26)は群生、ピンクの小さなサクラソウ(*27)も出て来た。トリカブトの親分のようなものも(*28)。これは二株しか目に入らなかった。

雪渓を歩く。5000Mを意識して目いっぱい深呼吸しながら歩みを進めた。

峠はゴアの合羽をたたく雨。柿沼先生とのお別れ。今日は凍えるような寒さだけれど、晴れたら素晴らしい峠に違いない。

憧れと不安の5000M峠シンゴラをあっという間に降りる。シンゴラを越え、一つの緊張がとけたのか、お昼の後から後ろのグループにはいる。

花は目にしみ入るけれど、カメラも手帳も登場しない。ひたすら歩く。

16日 朝から後ろのグループに入る。

橋に近くなった所で、ユリの蕾と葉によく似た優しい緑を見つける(*29)。咲いた姿が見たい。ミントの香りのする緑も表れる。紫の小さな花を付けていた(*30)。

太陽の周りを囲んだ二重の虹。目を離したくない現象だ。河の右上の岩場を歩く。乾燥地帯に戻った。最後の幕営、3700Mの平地。あたり一面、槍¶Þ岳が連なる。豊島さんがナキウサギを見つけた。そっと近づいて見た。

17日 テントサイトから歩いて、このチッカ村まで約2時間。シンゴラ峠越えのトレッキングが終わった‥‥‥‥。強烈な睡魔がやってきた‥‥‥‥。

18日 森田先生の「Himalaya Natural Hisotory Musiam=ヒマラヤ自然史博物館」構想に魅かれる。自然そのものが博物館!!

花のスケッチ 地図

植物の名前の下のA¥B

は植物図鑑と記載Íß°¼Þ

A=HIMARAYAN FLOWER(薄

い本) B=同(厚い本)

1 Nepita 2 Geranium 3 Juncus 4 Corydalis

floccosa pratense membranaceus thesiflora

A-424 A-78 A-574 B-118

5 Sibbaldia 6 Campanula 7 Argyreia 8 Gentianella

cuneata latifolia hookeri moorcroffiana

B-458 B-765 B-993 B-959

9 Androsace 10 Meconopsis 11 Youngia 12 Leontopodium

strigillosa aculeata tenufolia stracheyi

B-840 B-106 A-264 A-247

13 Cerastium 14 Rosa 15 Waldneimia 16 Epilobium

cerastioides webbiana tomestosa lotifolium

B-173 B-400 A-665 B-535

17 Leontopodium 18 Pedicularis 19 Gentianella

himalayanum longifrorarar moorcroftiana

B-649 A-374,B-1043 B-959

20 Cerastium 21 Pedicalaria 22 Lenicera 23 Waldheimia

cerastioites megalantha spinosa glabra

B-173 A-375 B-588 B-664

24 Centiana 25 Gentiana 26 Primula

phyllocalyx jamesi soldanelloides

B-944 『山と渓谷』 A-312

27 Primula 28 Delphinium 29 Fritillaria 30 Rabdosia

rosea cashmerianum cirrhosa rugosa

B-860 B-20 B-559 B-1108