高山病対策と高所順応の経過と考察

山崎晃

          (図表は省略しました。冊子にてご覧下さい。)

何度かのインドヒマラヤを中心とした山行や高所経験のなかで、高山病と考えられる諸症状を経験したことが重なってきており、高山病についての正しい認識を同人全員が持つことの必要が考えられていた。

去る3月10日、東京都山岳連盟海外委員会主催の「高所順応研究会」に山崎・富田の二名を派遣し、その報告を受ての学習会を第3回のミィーティングの際に実施した。 ここで「今までの山行で、高山病ではないかという自覚症状があった人は」と問うたところ、80%以上の挙手があった。

幸いなことに、当トレッキング同人では、過去の旅では軽症のうちに高所順応ができ事故になったことはなかった。

しかし、学習会のなかで、高山病に対して誤った認識をしていたり、誤った対処の仕方をしていたという報告もあり、今後高山病対策を重視する必要性が確認された。

今年のザンスカールのトレッキングでは、出発点のレーが標高3500mであり、ここで最初の高所障害を経験する。カルギルを経由してザンスカールに入ると谷全体が標高3500m〜4000mの高地である。

高山病の治療や対策で、最善の策は高度を下げることであるが、今年のコースでは、短時間に高度をさげることが不可能である。それ故、隊員全員の高所順応が絶対条件となる。

高山病の原因は、呼吸による酸素の摂取量の不足から始まる。標高5000mでは、空気中の酸素量は平地の二分の一であり、循環器の必死の努力でも、血液中の酸素濃度は低下する。高所順応は血液中のヘモグロビンの量が増え、活動に必要な酸素の供給が回復されるということであり、短時間では無理なことなのである。

そこで今回、レンタルのパルスオキシメーターを携行することとなった。この器具は短い時間で、また簡単な操作で、各個人の血中酸素濃度が数字で表示され、障害の発生の危険性や対策の必要性を察知したり、自覚症状の裏付けともなるものである。

今回、全隊員に朝夕二回、血圧測定・脈拍・血中酸素濃度の測定を義務付けた。

今回の山行では、パルスオキシメーターの活用により、全員が自己の健康管理に真剣になり、高所順化に努める姿勢もみられ、大きな成果があったといえる。

〓 データーを検証した考察は後述するが、ここではいくつかの事例と一般的な傾向や特徴的なものについて簡単に報告したい。

〓 レー(標高3500m)での傾向と症状

富士登山や北アルプスの登山で、かなり低い地点から登り始めても、2500m位 から高山病の諸症状を訴える人がいる。まして、飛行機によって、いきなり3500 mの高所に運ばれては、ほとんどの人に高山病の諸症状が出る。

しかし、その程度は、個人の健康状態や高所経験の有無・回数によって、かなりの 差があるようだ。

レーに到着してからパルスオキシメーターによる測定が始まったが、一般的な傾向 として、数値が80代になる。(血中酸素濃度または飽和度、平地を100として) 今年初参加の丹野、武政君等は70代になっていた。一方、村越、大嶋、森田氏ら 4.5000mの高所経験が何度もある人は、最初から90前後の数値であり、二日 目・三日目には92位までのぼる。

症状としては、一般的には頭痛がし、食欲不振や不眠がおこる。

〓 高所障害の現われ方の個人差について

「鶏が先か卵が先か」の話ではないが、高山病で体調が悪くなる・体調が悪いので高 山病の症状が強くでる。どちらも否定できない。

前者は一般的な傾向なのだろうが、後者の例も多くある。体調が悪いという範疇に 疲労や栄養不足を入れれば、うなずけることである。

昨年度の藤井さんの場合は、デリーの雨のなかの観光とバスの冷房で風邪をひいた のが症状を重くしたものと考えられる。

前川君は年に一度くらい胃腸障害をおこすことがあるとのことだが、たまたま今回 それが重なったとも考えられる。しかし、高所障害の症状が強く現われたとも言える 高所障害の学習会のレポートで欠落していたことに、下痢・脱水症状があった。は じめ前川君の症状をきき、高山病との関わりを薄く考えていたが、帰国後、都岳連海 外担当理事の小西氏のレポートを見なおすと、「食事をすると胃腸に血液が集中する ので他の部分に血液がいきにくくなる。内蔵も高所の影響を受けているから、余分な 負担がかかり下痢をする。脱水症状もおきる」と書いてあった。前川君の事例があて はまりそうである。

〓 高所障害に対する対策

・パルスオキシメーターで測定したとき、数値の表れ方にふたとおりあった。ひとつは 一定の数値がでると安定した状態で数値が上下しない人、ひとつは、測定中数値が大 幅に上下し平均値が定めづらい人である。

測定中に腹式呼吸で深呼吸をくり返すと数値が上がってくる。このことは高所障害 への対応の原点を示している。初期の段階で個人の努力で出来ることの一つである。・前川君の入院した病院では、酸素吸入はおこなわず、点滴を繰り返した。脱水状態で あったのだから、あたりまえのことである。しかし、我々はそれだけでいいのかと、 もどかしさを感じていた。よく考えてみるとこれも高所障害に対する治療・対応の定 石なのだ。ただの水をのむよりも、吸収のよいポカリスェットの方がよい。今回、粉 末を持参したがたいへん有効であった。

〓 高所障害と順化の考察

今回のトレッキングでは、最高度が5000m余りでのあることや、急激に高度をあげる登攀がなかったので、高所障害に対しての対策が緻密ではなかった。 トレッキング開始後、数日たってから、疲労・発熱・食欲不振等の障害が多くの人に現われてきている。幸い重篤の状態にはならなかったが、より詳細な自己の健康観察や管理が必要であると思われる。隊としての対策や個人への指導の力量を高めなくてはならないと思っている。

今回、パルスオキシメーターを使用し、個々のデーターをとったが、これは、健康観察の一手段に過ぎず、個人の状況の一つが数値として把握できただけである。

高所障害に対しての対策は、もっと別になければならない。そして、個人の高所順化の方策や個々の症状に対しての対応等について、隊として、また、個人として習熟していかなくてはならないものと思う。

登稜会からいただいた登頂記録誌のなかに、浅野先生による「急性高山病チェック・リスト」があった。この表は詳細であり、状況が数値で表される利点があるので、参考のために転載させて戴くこととする。

今回の山行では、全員に、朝夕、健康測定(体温・血圧・脈拍・血中酸素飽和度)を義務付けたが、ご協力が得られ、貴重なデーターが残された。豊島さんの努力でコンピューターに入力済みなので、誰のでもグラフ化できるのだが、5人の方を典型として選び、表にまとめてみた。いろいろな読取りが出来るので、試みて欲しいものである。 ※選んだ5名について

・村越 昇(M.N) 1938年生まれ 58歳・登山歴約40年・4000m 以上の高所経験10回以上 今回の山行のリーダーであり、高所経験が多い。そのためか、レーに到着後短い時 間で高所順化ができ、血中酸素飽和度の数値は比較的高いところで安定していた。

高度があがっても変動が少なかった。本人の努力とは「常に服式深呼吸を心がけてい た」ということである。

・福田和宏(F.K) 1965年生まれ 31歳・登山歴約16年・4000m 以上の高所経験 数回 今回のトレッキング隊のサブリーダーである。熊谷高校山岳部OBで、登山は高校 1年15歳からということになる。インドヒマラヤのトレッキングは、2回目の参加。 高所順化は初めから順調であったが、サブリーダーとしての緊張と責任感からの疲 労か、トレッキングに入って5日目に高所障害が強く現われ、血中酸素飽和度の数値 は57まで下がってしまった。

・宮内浩志(M.H) 1974年生まれ 21歳・登山歴約 6年・4000m 以上の高所経験 1回 熊谷高校山岳部OBで、登山は高校1年15歳からということになる。インドヒマラ ヤのトレッキングには3回目の参加である。

体質がタフなのか、順応が早いのか、いろいろなデーターに変化が起こらず、安定 していた。行動中も体調がよく、元気であった。

・武政憲吾(T.K) 1974年生まれ 21歳・登山歴約 6年・4000m 以上の高所経験 1回

熊谷高校山岳部OBで、登山は高校1年15歳からということになる。インドヒマラ ヤのトレッキングには2回目の参加である。 レーに到着後、血中酸素飽和度の数値が参加者の中で最も低く、時間や日数がたっ ても数値が上がってこない。高所順化が遅いのだが、数値のわりに異状をうったえな い。パタムで最終判断ということであったが、徐々に数値があがり、体調もいいので トレッキングに参加する。行動中は比較的元気であった。

・前川 哲(M.S) 1977年生まれ 19歳・登山歴約 4年・4000m 以上の高所経験 0回

熊谷高校山岳部OBで、登山は高校1年15歳からということになる。インドヒマラ ヤのトレッキングには初めての参加である。 レーに到着後の血中酸素飽和度の数値はさほど低いものではなかったが、初日の夜 から高所障害の症状があらわれ、特に消化器系統の異状が進み、二日目に、下痢や嘔 吐で衰弱がはなはだしく、レーの病院に一日入院した。退院後は、高所順化もすすみ やはり、パタムで最終判断ということであったが、トレッキングに参加する。

疲れているようだったが、元気に峠越えができた。

以上の5名について、種々の表やグラフを作成したので、それらについて解説する。@ 96ザンスカール健康記録(図表1)

健康測定(体温・血圧・脈拍・血中酸素飽和度)の諸項目について、その数値を表に しただけのものだが、測定の場所や標高が入っているので、それとの照合で見てもら えると色々なことが解ってくる。

A 健康記録グラフ(図表1)

@の数値をグラフにしたものである。血圧については、最高・最低を棒グラフで示し 他は、折れ線グラフで示した。詳細に見るのにはやや見づらい点もあるのだが、大ま かに5人の表を比較すると、安定度では、村越隊長がずばぬけていることが解り、次 に宮内君の安定度がよい。いろいろな障害があった他の3人のグラフは乱高下してい る。

B 96ザンスカール健康記録グラフ(図表3)

健康測定(体温・血圧・脈拍・血中酸素飽和度)の諸項目について、5名のデーター を同じ表のなかにいれて、比較して見られるようにしたものである。

C 酸素飽和度(パルスオキシメーター)のグラフ(図表4)

Bの表のなかから、血中酸素飽和度(パルスオキシメーター)の測定値のみを拡大し たものである。

今回は健康測定の数値にこだわった記録であった。もっと、高所障害の症状ではないかと思われるものについて、個人個人の記録をとる必要性があると思う。その点で、資料として掲載した。急性高山病チェックリスト(図表5)(図表6)を参考にしたい。

急性高山病チェック・リスト @ ・氏名 ・年令 ・性別

  症 状 点数 該当日・その他  
  全くなし         自己判定¥各症状項目のなかから¤どれにあて  
              はまっているか¤自分で判定します¡  
軽い頭痛         点数の集計をしてみる¡  
  中程度の頭痛            
               
  強い頭痛            
  かって経験したことのないほど ひどい頭痛            
食欲良好            
いつものようには食欲がわかない            
むかついて食欲がない            
強いむかつきのため¤食欲まったくなし            
強いむかつき¥嘔吐¥食事不能            
全くない            
少し感じる            
               
かなり感じる            
非常に強く感じる            
疲労困憊 または 重度の脱力感            
全くない            
               
少し感じる            
               
はっきりと感じる            
非常に強く感じる            
               
おそろしく強く感じる            
問題まったくなし 快眠            
数回目が覚めた            
何度も目が覚め¤よく眠れなかった            
殆ど眠れなかった            
  全く眠らなかった            
自己診断 評価点            
検診・測定の場所      

急性高山病チェック・リスト A ・氏名 ・年令 ・性別

  症 状 点数 該当日・その他  
  全くなし           自己判定¥各症状項目のなかから¤どれにあて  
              はまっているか¤自分で判定します¡  
少し感じる           点数の集計をしてみる¡  
はっきりと感じる              
  非常に強く感じる 具合がわるい              
  もう死にそうだ              
普段と全く変わらない              
少し落ちている              
はっきりと落ちている              
きわめてひどく落ちている              
  何も出来ず寝たきり              
  正常              
               
うつらうつらしている 倦怠              
               
見当識失調 混乱              
               
昏迷              
               
  昏睡              
正常              
綱渡り様歩行              
線から踏み外す              
調 倒れてしまう              
  立てない              
認められない              
四肢のうち一肢に認められる              
四肢のうち二肢に認められる              
四肢のうち三肢に認められる              
  四肢のうち四肢に認められる              
自己診断 評価点            
検診・測定の場所