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北アルプス 烏帽子岳〜針ノ木岳縦走

アルバム

山域山名:北アルプス・烏帽子岳、船窪岳、蓮華岳、針ノ木岳(長野県)
期  日:2010年8月7日(土)〜9日(月)
参 加 者:L宮田 木村(計2名)

行動記録:
8/7 北本(4:00)=七倉P(8:30/8:50)=<タクシー>=高瀬ダム1300m(9:10)=
ブナ立尾根取付1320m(9:35)→1710m(10:30/10:40)→2110m(11:35/昼食/12:05)→
烏帽子小屋2550m(13:00)・幕営

<天候:くもり、霧>

 七倉駐車場にはすでに50〜60台の車が駐まっていた。パッキングを済ませて待っていたタクシーに乗り込もうとすると、湯俣温泉に泊まるという男性単独者がやってきて3名同乗で高瀬ダムへ。運転手によると、梅雨明け後の天候は良い。不動沢吊り橋が以前大雨で流出した際に、登山者が巻き込まれてまだ砂の中に遺体が埋まったままで、毎年遺族が供養に来ていることを聞く。料金1台定額2100円なので、1人700円づつ支払う。

 トンネルを越えて、その吊り橋を渡る。見上げる不動沢の源頭付近からは、未だ容赦ない崩落による花崗岩の土砂が押し寄せていた。尾根取り付きから急登が始まる。何回も登っていて、今日はテン泊装備とザックもそれなりに重いので、時間400mのペースを乱さないように登る。今日は照りつける太陽もなくありがたい。ブナ立尾根は悪路もないのでただただひたすら登ればいい。途中、昼食を取って約3時間半で烏帽子小屋へ着いた。小屋で幕営の受付を済ませて、いい場所にテント設営する。まだ、午後1時過ぎ、ビールとウィスキーでまったり過ごす。夕方にはテントは20張りくらいになっていた。








8/8 烏帽子小屋(5:30)→前烏帽子岳2605m(5:35/5:40)→烏帽子岳分岐(5:50)→
四十八池(6:15/6:25)→南沢岳2625m(6:45/7:00)→不動岳(8:03/8:20)→
2299m(9:25/9:35)→船窪岳第2ピーク2459m(10:15/10:40)→船窪岳(11:27/昼食/11:55)
→船窪テン場(12:40)・幕営→船窪小屋往復

<天候:くもり、霧>

 いっとき三ツ岳が赤く染まったものの、すぐに太陽は雲の中に入ってしまった。テント撤収して出発。前烏帽子岳では今山行初めての展望が開け、燕大天井から水晶、赤牛、薬師、立山剱、これからトレースする船窪、蓮華針ノ木の奥に白馬まで視界に入る。烏帽子岳は2人とも2回山頂に行っているので、今回はパスして四十八池への縦走路を進む。四十八もあったか定かではないが、小さな池塘とその回りの高山植物、烏帽子岳と南沢岳が絵になる景色だった。2万5千図にある南沢岳の巻道は使われていないようで、分岐も確認できずに直登コースを登る。南側にある岩のピークが山頂と思って登ったが、三角点ある南沢岳の山頂は北側にあった。南沢岳をあとにすると、名物?といっていい崩落地帯に突入する。東側の濁沢に沿って際どい稜線に夏道はついている。窪地には小さなお花畑が点在していた。乗越からは長い急登が続くが、木村氏のペースが上がらず、ゆっくり登る。不動岳の山頂は霧の中だった。休んでいると、船窪方面からの登山者に初めて会う。彼もテント縦走で、昨日のテン場は満杯だっととのこと。樹林に覆われた不動岳の細長い頂稜を抜けると不動沢の大崩落地帯だ。激しい浸食の跡は凄まじい。数年も経てば、今歩いている登山道も残っていないと思われる箇所も多かった。ただし、悪場にはしっかりハシゴや鎖が付いていて、危険と言えるような場所は皆無であったが、2341m・2299m・2459m船窪第2ピークなどいくつも小ピークを越えるので体力と気力の消耗度は大きい。

 船窪小屋のおかげで有名な船窪岳はここが山頂?というような小さなピークだった。なにせ第2ピークより200mほどは低い。虫の襲来を耐えながら昼食を取る。山頂を後に急坂を下りきった船窪乗越は、針ノ木谷へ下降する登山道の分岐だ。思ったより踏まれており、針ノ木古道復活で黒部ダムまで行く通な登山者が増えているのだろう。鞍部から急登をひと登りでテン場に出た。まだ12時過ぎで2張りしかなかったので、平らないい場所を確保できた。

 設営後に船窪の名物へ向かう。テン場からの入り口には、「水場は危険です。暗くなってからは行かないでください。」との看板が立っていた。つづら折れを下って、最後は10mほどの鎖場を抜けると足下はすっぱり落ちた斜面の上にその水場はあった。不動沢源頭部崩落地帯の中からしみ出す水が樋から落ちていた。めちゃくちゃ冷たい美味しい水だ。小屋も飲水は往復30分もかけてポリタンで運んでいるという。

 テン場に戻ってから小屋にテント受付とビールを買いに行く。小屋前には旗がはためき、雰囲気はネパールのバッティ(茶屋)の趣きだ。クル坊かぶったお兄さんがテン場のテント客の我々にもミニトマトをサービスしてくれた。小屋前のベンチには多くのツアー登山者が談笑していて、小屋の立つ七倉岳は知らなくとも、この山小屋とお母さんは超有名である。そのテン場に戻って長い宴会タイムへ突入した。


8/9 船窪テン場(5:25)→七倉岳2509m(5:45/6:01)→七倉乗越2316m(6:35/6:45)→
北葛岳2551m(7:20/7:50)→北葛乗越2275m(8:20/8:30)→2600m(9:15/9:20)→
蓮華岳2798m(10:00/10:20)→針ノ木峠2536m(11:00/昼食/11:35)→
針ノ木岳2820m(12:08/12:22)→針ノ木峠(12:50/13:20)→
針ノ木雪渓末端1800m(14:17/14:25)→大沢小屋(14:40/14:55)→扇沢(15:30)=<タクシー>=
七倉P=北本

<天候:晴れのち曇り>

 夜半に雨が降ったが、朝には止んで深い霧に包まれていた。沖縄付近に発生した台風の影響で天候は不安定、天気予報では時々雨が降るという。その予報とは裏腹に、七倉岳山頂に立つ頃には雲海の上に出て、槍ヶ岳から黒部源流、立山剱、白馬、浅間山までの大展望が迎えてくれた。細長い山頂を後にやせ尾根を下る。正面には昨年秋に遡行、6月に滑降した針ノ木谷が見える。この2年はずいぶんとこの山域に足を運んでいる。 鎖場とハシゴで急降下して七倉乗越へ、すぐに急登が待っている。稜線を登り上げると北葛岳山頂へ。この頂きからの展望も随一と言っていいほど素晴らしい。特に両手を広げたような重厚感たっぷりの針ノ木岳と巨大な蓮華岳はこの角度しか味わえない景色だった。北葛岳から乗越までの間は御花畑が点在していた。北葛乗越にはコマクサの大群落があった。乗越から蓮華岳までが「蓮華の大下り」と名付けられた標高差500mの登りだ。いきなり崩れかけた岩屑の岩場が続く。適所に鎖が付けられているが、雨の中は下りたくないような悪路だ。200mも登ると気持ちの稜線となり、あたり一面にコマクサが咲き乱れていた。日差しは強いが、岩場の日陰は結構涼しい。展望のよい稜線を登ると大きな標識の立つ蓮華岳山頂だ。

 これで日本海の親不知海岸から朝日雪倉、後立山連峰、裏銀座の野口五郎岳、鷲羽、双六、槍穂高連峰最南の西穂高岳まで、北アルプスの縦走路が1本につながった。縦走派を自認する自分にとっては、まずは達成しなければならない課題だったのでうれしい。剱以北の北方稜線や下ノ廊下、赤牛岳読売新道、なぜか表銀座は歩いていないので、これから少しづつトレースして行くつもりである。

 山頂を後に幾度も通った道を針ノ木峠へ向かう。蓮華大沢や赤石沢は霧で沢を見ることはできなかった。急坂を下ると登山者で賑わう針ノ木峠へ。小屋に入って、名物という針ノ木ラーメン1200円を注文する。あんかけの野菜が入っていて、なかなか美味しかった。体が塩分を要求していたので、スープ全部を飲み干す。蓮華の登りですれ違った登山者に聞いていた熊のことを聞くと、ほとんど毎日、小屋の焼却ゴミをあさりにに来て、それもかなりの大型で、人間を見ても逃げないとのこと。昨年秋に平ノ小屋小屋番に聞いた「ヌクイ谷に冬眠の巣穴があって、秋までは針ノ木谷で過ごし、冬眠前に黒部ダムを泳いで帰る」という熊かどうか分からないが、こんな山奥で人間の排出するゴミをあてにする堕落した熊はそう長い命をまっとうできないだろう。

 腹一杯になって、峠から針ノ木山頂を目指す。針ノ木岳には何度登ったか記憶にないが(10回以上?)、未踏という木村氏に付き合うことにする。途中のチングルマの大群落は見事だった。山頂はあいにく霧の中で展望はなかった。すぐに下山する。

 峠から深い霧の雪渓を下る。2150m付近から雪渓上を下れたので、ノド付近の鎖場の通過もなくあっという間に雪渓末端へ。大沢小屋からは山スキーの通常ルートの作業道に入ったが、ブッシュをかき分けるような状態で葉っぱの水滴でズボンがびっしょりになってしまった。扇沢にはお盆休みとあって、一般車が入れない関西電力の管理道路まで車が駐車していた。

 タクシーを呼んで、七倉ダムまでは6300円。駐車場脇の七倉山荘の風呂に入ったが、熱い源泉かけ流しそのままで、水を入れて冷ますのにひと苦労だった。たまには、こんな温泉もいいものだが。初老の山荘主人はひげ面で昔の山男の風貌とこちらもそのままで最初は愛想が悪かったが、アイスを食べながら話しかけるとうれしそうに笑いながら最近の山の話をしてくれた。その時の彼の笑顔が妙に印象に残った。(宮田記)