醤油とカレー
橋 上 定 次 郎
1995年9月3日夕刻、AI301便でデリーのインディラガンジー空港に到着、3回目のインドの旅が始まった。
過去2回の旅とちがい、今回は漠然としたスケジュールのみでスタートした。我々の生活・風俗・習慣と大いに異なる国で十数日過ごすことに一抹の不安を抱きながら。
今年、デリー空港に降り立っての印象は、「貧しいインド」を表玄関である空港から無言のうちに語っていた今迄と異なり、空港を見る限りにおいては明るくモダンで、あれっ!と思うほど変わっていた。
外貨両替、税関を出て、開放された空港待合室の雑踏ぶりをみるにつけその感を深くする。
森田千里さん等の出迎えをうけ、チャーターバスでホテルカニシカへ着く。例年のようなサンジャイ氏の手厚いホスピタリティーに感謝しながら、部屋に落ち着く。
現地での行動計画は森田氏の指導により、可能なスケジュールを組み、臨機応変に進行することに決した。
6日、あこがれのラダックへ! デリーより3500mの高地レーへインデアン・エアラインにより一気に到着、若干の高度障害らしき体調を経験する。
ラダックの周遊もいろいろアクシデントにあい、ホテルに滞在することが多かった。 さて、インドにおける食生活について感じたことを述べてみたい。インドといえばカレー。それは誰にでも作れるポピュラーな料理である。そして、「カレーが嫌いだ」と言う人もあまりいない。
名前も英語の「curry」 からきた言葉であるが、一説によれば「辛え」にも通じるともいわれ、興味深い話である。
その、今迄大好物だったインドカレーの料理が今年はどうも口になじまなくなった。土地が変われば、人も景色も変わる。その土地によって変化する食事を楽しむのが旅人の悦びというべきものだろう。だがこのような境地に至るには、麻薬患者の禁断症状に似た地獄をくぐり抜けなければならないといわれる。
つまり、味覚というやつは頑固な程保守的な感覚だからである。私はその壁に突き当ったのではないかと思えた。
インドの多くの料理は、刺激の強い香辛料をすりつぶしたもので味付けされている。暑い地方で耐えぬくための知恵が働いた食事である。
それは日本人に通用しているカレー粉の匂いとは決して同一ではない。更に、料理の仕上げに振りかけられるカメ虫のような匂いの薬味草が強烈であり、その独特な臭いにつっかえてしまう。このような人はそこから先に進むことが困難である。
日本人の味覚を支配する麻薬は醤油であるといわれる。なるほど、そう言われてみれば、インド料理はスパイス体系であり、醤油に典型とみなされるうまみ(蛋白質が分解発酵して生じる)が欠けている。
日本料理の粋といえるにぎり寿司も醤油があるから旨いのだ。洋風料理のハンバーグやステーキだって醤油(ソース)があう。
カレーにも醤油を隠し味に加える人もいる。私もソースをかける方がうまいと思う。
生まれついて以来、醤油に親しんできた我々の身体には醤油がしみ込んでいると思われる。それほど日本人の食生活に溶け込んでいるこの液体が断たれれば、禁断症状があらわれる。今回の私達がそうであった。まさに麻薬と言ってもうなずけると思う。
この禁断症状を和らげてくれたのがジャガ芋であった。1Kg10Rp(32円)のジャガ芋を街のバザールで買い求め、ホテルのコックに頼んでふかしいもにしてもらった。お陰で体重を減らすこともなく帰ることができた。
人間とは慣れる生物で、インド料理のスパイス体系の壁に突き当ったとき、醤油という日本の味で一息いれるとよい。 そのことで、土地によって変化する地元の食事を楽しむことが出来るようになった時その土地の文化や人間を理解できる要素を一つクリヤーしたといえるだろう。 私は醤油によりカレー料理を乗り越えることが出来るような気がする。
参考文献 伊藤 武著「身体にやさしいインド」