ラダックにおける高度順応の記録


(血圧と脈拍の変化を通して)

森 田 雅 夫

@ はじめに

インド、ラダックの旅で、私はひょんなことから血圧計の管理を任された。これを機会に、できるかぎり血圧と脈拍の変化の様子を記録し、高度順応がどのように推移していくのかを明らかにしたいと考えた。

レー地方は標高約3500mの高原である。ここでは酸素は地上の約三分の一で、高山病の障害が現われてくる。これは酸素の欠乏によって引き起こされ、症状としては、頭痛・食欲不振・吐き気・動悸・息切れなどである。

我々の身体はデリケートにできていて、酸素の欠乏の状態に順応しようとする力が働く。高度順応とは、この状況に身体を慣らすこと、もしくは慣れることである。身体が慣れていく過程で、血圧や脈拍の数値がどのように変化するかが、私の興味関心の的であった。

我がラダック隊の踏破するルートの最高地点は、タグランラの5300mである。この峠では酸素は地上の約半分。ここを無事通過するためには、どうしても高度順応によって身体を慣らしておかねばならない。

私が過去に体験した高度は、キリマンジャロのギルマンスポイント(5683m)とチベット、チャンタン高原のカイラス山のドルマ峠(5600m)である。したがって今回のトレッキングに対して、高さに関しては自信をもって臨むことができた。

A 血圧・脈拍の測定記録

高度順応の進行と、血圧・脈拍数の変化がどのように関連するかを知るため、インド旅行中と帰国後の1日、計16日間、原則として1日2回(朝・晩)測定した。

ここでは、その中の特徴的な部分をピックアップして記述する。なお、詳細は表やグラフを参照していただきたい。

☆日本(妻沼)における血圧・脈拍数

最高血圧・・114 最低血圧・・70 脈拍数・・65

私の血圧・脈拍の数値は、旅行前6か月間の平均値で表示した。松本医院のデータ ーであり、従ってこの数値は私の正常値と考えたい。

☆デリーでの血圧・脈拍数 (9月4日〜9月6日)

最高血圧・・123 最低血圧・・78 脈拍数・・75

デリー滞在中は、各数値が多少増加しているが、ほぼ正常と考えてよい。

☆ラダック(レー)における血圧・脈拍数 (9月6日〜9月10日)

・ホテル到着後 最高血圧・・149 最低血圧・・ 88 脈拍数・・109
・飲酒後 最高血圧・・196 最低血圧・・174 脈拍数・・ 99 (ビール約50CCを飲んだ1時間後の測定)
最高血圧・・150 最低血圧・・ 95 脈拍数・・109 (ビール約50CCを飲んだ4時間後の測定)

・二日目の朝 最高血圧・・155 最低血圧・・ 96 脈拍数・・ 94
・三日目の朝 最高血圧・・125 最低血圧・・ 78 脈拍数・・ 74
9月6日は、デリー(標高約500m)から一気にレー(標高3500m)まで 標高差3000mほど昇った。血圧は10〜30ほど増加し、とくに脈拍の増加は 著しい。夕刻より翌日まで軽い頭痛を感じた。また、昼食時に、酒に弱い私がビー ル約50CCを飲んだら、血圧が著しく増加し、上と下の差が少なくなった。

4時間後には、ほぼ高地の状態に回復した。

三日目の朝、測定したときには、高度順応が順調に進んで、デリーにいた時の状態 になった。

☆ツモレリ・カル湖畔キャンプでの血圧・脈拍数 (9月10日〜9月12日)

・ツモレリ湖畔(夜)最高血圧・・160 最低血圧・・ 88 脈拍数・・105
・ツモレリ湖畔(朝)最高血圧・・145 最低血圧・・122 脈拍数・・ 97
・カル湖畔 (夜)最高血圧・・163 最低血圧・・ 92 脈拍数・・ 92
(朝)最高血圧・・150 最低血圧・・ 83 脈拍数・・ 85
レーで三日間ゴンパ巡りをしている中で、高度順応は順調に進んでいたので、ツモ レリ湖まで標高差1000mほど昇ったにもかかわらず、レー滞在二日目頃と同じ 数値を示していた。

翌日の朝、最低血圧の数値が上昇したが、なぜだか解らない。カル湖畔のキャン プでは、ほぼ横這い状態で、体調は良好であった。

なお、タグランラ(5300m)で血圧の測定が出来なかったのが残念だった。

☆再びラダック(レー)における血圧・脈拍数 (9月12日〜9月15日)

・十二日目の夜 最高血圧・・142 最低血圧・・ 86 脈拍数・・ 88
・十五日目の朝 最高血圧・・150 最低血圧・・ 90 脈拍数・・ 80
ツモレリ湖畔キャンプからレーに戻り、数値はやや下がり、特に異常は見られず、 体調、血圧、脈拍等は安定していた。

☆インド北部旅行中における血圧・脈拍数 (9月15日〜9月19日)

・十五日目の夜(デリー) 最高血圧・・123 最低血圧・・88 脈拍数・・81
・十七日目の朝(ジャイプール) 最高血圧・・116 最低血圧・・85 脈拍数・・85
・十八日目の朝(アーグラ) 最高血圧・・141 最低血圧・・87 脈拍数・100
(アーグラはビール約200CCを飲んだ1時間後の測定) レーからデリーに戻った夜は、最初デリーに滞在していた頃とほぼ同じ状態に戻っ ていた。

更にジャイプール観光中は、日本にいる時とほとんど同じ状態であった。

また、アーグラでは、ビール約200CCほど飲酒したが、この時の数値はレーに 到着した時とほぼ同じ数値であった。

☆帰国後の血圧・脈拍数 (9月21日)

・帰国した翌日 最高血圧・・122 最低血圧・・ 75 脈拍数・・ 87
帰国した翌日に測定してみたが、完全に日本で生活していた時の状態に戻っていた。

B 結果の考察と反省

この度の旅行中、自己の血圧・脈拍数の測定を行なった結果、空気の薄い環境に、自己の肉体がうまく適応していく様子が大変よくわかった。

また、3000mを越える高山や高原で行動する場合、いかに高度順応が大切であるかということが理解できた。

レーにおけるゴンパ巡りは、高度順応の面で大変有効であったと考えられる。

それがあったので、更に1000mも高いツモレリ湖畔のキャンプ地で、高山病の症状がほとんど現われなかった。

また、私個人に関して言えば、高地での酒類は絶対飲んではいけないということも解った。

喫煙に対しては、二度測定してみた。その結果は、

・9 6 PM8:35 (喫煙前) 最高血圧・・149 最低血圧・117 脈拍数・100
・9 6 PM8:45 (喫煙後) 最高血圧・・147 最低血圧・・94 脈拍数・101
・9 7 PM3:00 (喫煙前) 最高血圧・・144 最低血圧・・83 脈拍数・105
・9 7 PM3:15 (喫煙後) 最高血圧・・144 最低血圧・・87 脈拍数・ 96
「サムタイム」というメンソールの軽いタバコだったので、喫煙の前後の血圧・脈拍の変化はほとんどない。私個人としてはあまり気にしなくてよいのではないかと思う。 なお、血圧の測定時刻が、日によって異なっていたので、出来れば同一時刻に測定すればよかったような気がする。

また、血圧・脈拍の測定で、連続して何度か行なった場合、5〜10位の範囲で数値に変化が現われるので、測定値の微妙な変化に関しては、あまり気にしない方がよい。

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