大 前 宗 清

インドの旅は終わった。再び日本の土を踏んだ。そこは向こうと違うやけに蒸し暑い大地だ。やけに日本の空気は暑い。そしてまた時の流れが早い土地へと戻ってきたのだ。此処にいるときは殆ど気にも止めずに流れていたものが、インドにいたらやたら日本での時間の流れが早かった気がする。その空間の中の一人として僕はまたやっていかねばならない。少なくとも当分の間は、下手をすれば一生の間を・・・。

別にこの事を悲観的に見ている訳ではない。寧ろ新たな日本でのスタートに自らエールをおくっている位である。

僕はみんなと僅かであるが違う空間、違う時間の中で過ごした。僕の知らない所で何かが変わっているかもしれない。皆の知らない所で逆に僕の方が変わっているのかもしれない。そんな事は今の僕には判らない。これから先だって判らないかもしれない。世間を僕が見、僕が世間を見、そして何らかの判断を下すまでは。「われわれには理解できないことが少なくない。生き続けて行け。きっとわかって来るであろう。」という言葉を信じるのみである。

当初の予定とは大幅に変更された今回の旅。誰を恨む訳でもなく、何も悔いるものもない。

インド。そこは僕には教科書の上での国でしかなかった。殆ど無知のままそこへ飛び込んだ。しかし、「なんでも知らないことが必要なので、知っていることは役に立たない」とゲーテも言うようにそれを恥とは思ってない。そして「経験したことは理解した、と思い込んでいる人がたくさんいる」であろうが僕はそうは思い込みたくない。確かに、僕はインドに様々なものを求めて行ったが・・・。

インドでは様々なものを見、様々な人と会話した。僕は僕なりに結構ACTIVEに行動したつもりだ。悪天候の山中を歩き、その中で渡渉もし、初めて4000mに足を踏み入れもした。下界ではできるかぎり一人で歩いた。そして多くの人と接触した。時には笑い、涙し、握手し、抱き合い、怒り、交渉し、住所のやりとりもした。また、博物館や遺跡にも周りの者より多く足を運んだつもりだ。趣味もあったが様々な角度から物事を見たかったから。人間は「はるかな世界と、生活を、長い年々の誠実な努力で、絶えず究め絶えず探り、完了することはないが、しばしばまとめ、最も古いものを忠実

に保存し、快く新しいものをとらえ、心は朗らかに、目的は清く、それで、一段と進歩

する」のであるのなら限られた時間の中で多くの経験をしたかったから。その自分なり

の努力(?!)が無意識な瞬間に成就されればよいのである。バラが太陽の輝かしさを

認めたら咲く気にはならないのと同じことだ。

インドに行った事は少なくとも親しくしている周りの者は知っている事実だ。変な優

越感に浸った自分が喋ったためだ。誰か身近な者が「何かをするには黙ってやれ」と言

っていたが、敢えてそれが正しいと思わない。そのような者こそ変な優越感を欲求して

いるかあまりにも自分に自信があるのであろう。その自信も時には独りよがりにすぎな

くなってしまう恐れがある。

人は言うだろう。「インドはどうだった?インドへ行くと人生観が変わるって言うけ

どどう?自分なりに成長した?大人になった?男らしくなった?自分に自信が持てるよ

うになった?、etc・・・・・・」と。僕はただ一つ、しかも僕が経験した範囲で、「インドはよかったよ」程度のお粗末な答えしかできないであろう。なぜなら、形而上

の事など分からないから。でもその様に言う人がいて、その内の幾つかは実際に僕も聞

いた事があるからそういう事もあり得るのであろうが、僕には言えない。言えば偽善に

なる。これこそただの優越感に浸った者か、或いは独りよがりの阿呆になってしまう。

敢えてその事を文章化することで自分に歯止めを掛けているのであるが。

それならインドまで行って何も得る、或いは何も自分なりに思う事は無かったのかと

いうと必ずしもそうではない。「自分の決めたこと、口に出したことに責任を持とう」

ということを思った。日本語の通じない世界に初めて立ち、その中で自分の意思を伝え

ていく上でそう思い、決心した。そしてその事が何よりも大切なのではないかと思う。

有言実行でよい。

インドへ行きたいという思いが、ほんの数年前には只の好奇心か絵空事でしかなかった事が実現した。そして今度は単独で行きたいとまで思うようになった。夢は夢で終わ

らしてはつまらない。「参加する事に意義」はないのではないか。実現させねば、勝た

ねば面白くない。また、その過程が何とも面白い。それを僕はインド式にやるか、それ

とも日本式にやればいいのか・・・・・・。「記憶は消えてしまってもよい。現実の瞬

間の判断があやまらなければ」。何だかこれからの生活がワクワクする。この感情もイ

ンドへ行ったために生まれたものであろう。何だか自分で自分が可笑しい。最後に、『

地球の歩き方』にブッダのこういう言葉があった。「寒さと暑さと飢えと渇えと風と太

陽の熱と虻と蛇とこれらすべてのものにうち勝って犀の角のようにただ独り歩め」と。

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